2013年05月13日

ヴァンテーヌに学ぶ「買っても買っても着る服がない」状態から脱出する方法

私のクローゼットにある沢山の服。
しかし、それにもかかわらず、コーディネートを考えるときに「いい服がない」と思うことがしばしばあります。
人に眉をひそめられるような酷い組み合わせではないけれど、すごくおしゃれかというとそうでもない。
では新しいアイテムを追加すれば解決するかというとそうではないだろうと思うし、そんなのは経済的にも無理。

そこで、なにかヒントがないかと、今は休刊となってしまった雑誌『ヴァンテーヌ』を引っ張り出し眺めていたところ、こんなフレーズが目に飛び込んできました。


本当に欲しいものは、何?

「スタイルを手に入れること」と「好きな服を買う」ことはまったく違う。
本当におしゃれになるために必要なもの、それは服ではなく「自分のスタイル」を見つけることで解決する。



自分のスタイル—。
果たして私にはこれがあるのかと問われると、あるとは言い切れません。
この曖昧さがいまいちパッとしないことの原因なのかも。

そこで、自分のスタイルを手に入れ、買っても買っても着る服がないという状態から脱出するための方法を、ヴァンテーヌから学んでみたいと思います。


●毎日のコーディネートをもっと真剣に考えてみる
数少ない特別な日は真剣になれるのに、毎日の着こなしは割といい加減…が問題。
着慣れた服でも自分に似合うバランスを鏡の前で研究してみることで、もっと服が似合うようになったり、違う着方を思いつくもの。
「いつもと同じ一日」ではなく「今日だけの場面」を細かく意識するところから始めてみよう。

●流行に流されるのをやめる
みんなと同じ着こなしをしていたり、人が持っているものを真似しているだけでは自分に似合わないこともある。
自分だったらこう着る、これが似合うという明確さや潔い割り切りが「買いの迷い」から脱出し、自分のスタイルに近づく方法。
例えば白いシャツにタイトスカートといった、これといって新しいコーディネートでなくても、自分に似合うと判断したらそれを着続けるように、おしゃれを限定することで自分らしさの加え方が分かるようになることも。

●自分のおしゃれの軸をもつ
やみくもに好きな服、ピンときた服を買っていたのでは組み合わせがきかないどころか、毎シーズン大量の服を買い替えるという状況に陥ってしまう。
どんな女性に見られたいのか、どうなりたいのか、なりたい女性像を絞り込み、目標が決まっていれば買うべき服を見失わないはず。

●納得したものだけを買う
自分の体型にぴったり合う服は、全身を素敵に見せる力があるだけでなく、自然と着る回数も増える。
安いからといってサイズに妥協したり、時間がないからといって考えもせずに買うようなことはやめ、とことん試着して今着られる納得した服だけを買おう。

●飽きたからといって買うことに求めない
「今日着る服がない」と思うのは手持ちの服から新鮮味が失われてしまったせいかも。
そんな飽きた気持ちの解決策を、買うことにではなく、クローゼットの中身を見直し新しい組み合わせを考えることに求めてみる。
まず一度、持っているものを全部出してみて、服のシーンを決めつけず、意欲的に組み合わせてみよう。

●ベーシック服の存在価値を再認識する
個性的な服は、ベーシックな服と組み合わせなければその個性が引き立たない。
反対に、ベーシックな服ばかりで地味になった着こなしにひとつ個性的なデザインがあれば、新鮮さや華やかさがプラスされる。
個性の強い主役服と面白みのないシンプルな服、どちらもワードローブには不可欠。
両方を上手に使いこなせるようなワードローブこそ理想。


どれもものすごく特別なことかといったらそうではないと思います。
でもこれらを意識しているのとしていないのとではだいぶ違うでしょう。

私に足りないものは、理想とする女性像の絞り込みと研究である気がします。

ファッション雑誌やファッションブログでいろんな情報が入って来ると、ついそれらに流されそうになりますが、自分の軸とするものがあれば、適切な取捨選択ができることにより雑多になることが避けられるでしょう。
なりたい女性像を考えようとすると、それは単に外見だけの話ではなく、内面についてもおのずと踏み込むことになります。
それを考えるのは正直疲れる作業ではありますが、それをなくして軸の確立は成せません。

そして研究。
人は先入観を持つ生き物なので、この服にはこれが合う、とか、反対にこの服にはこれは合わないだろうという思い込みをしてしまいがちになります。 
また、私がよくやってしまうのは、服を真面目にそのまま着ること。
雑誌などでよく聞く「こなれ感」というのは、アイテムの選び方というより、この真面目さをいかに崩すかというそのさじ加減の絶妙さにより生まれるものだと思うのです。
袖のまくり方、裾のまくり方、カーディガンのボタンの留め方、シャツのボタンを外す数、インナーの見せ方など、工夫できるところは沢山あって、ほんの少しの差が全体に影響してきます。
組み合わせと工夫、このチャレンジが私には足りない。
これはどんどんやってみるしかありません。
プロに助言を仰ぐという方法もありますが、まず自分で考えてやってみないことには、自分の身に付かないですものね。
 

結局のところ、おしゃれとは”考えること”、これに尽きると思います。
自分の中のいろんなものを総動員して考えること。
それが、買っても買っても着る服がない状態から脱出する近道であり、また唯一の方法なのだと思います。


ヴァンテーヌについては、こちらの記事もどうぞ。
 ヴァンテーヌのこと



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2012年12月17日

ヴァンテーヌのこと

かつて、『ヴァンテーヌ』という雑誌がありました。

「20代」という意味の『25ans』の妹分として創刊されたその雑誌は、販促ツールとしての意味合いが強い女性ファッション誌の中では、流行を取り入れながらも追いすぎないスタイルがとても好ましく見えました。

ちょうどファッションについて大きな迷いの中にいた20代後半の私がヴァンテーヌから受けた影響は大きく、私のその後のファッションの方向性を定める大きな指針となったことは間違いありません。

ところが、ある時を境に誌面はガラリと変わり、それを機に私は購読をやめていたのですが、2007年には遂に休刊。
手に取ることがかなわなくなってしまいました。


「本当のおしゃれとは、わかりやすいブランドのバッグで語るものではなく、その人に宿る知性や清潔感、そしてゆたかな内面を表すものーー」

こんなことを言うファッション誌は、残念なことに今は見つけることができません。
トレンドを知るために一通り眺めてはみるものの、ヴァンテーヌのように読み込みたいとは思えず、あれ以来未だファッション誌ジプシーのままです。


そんな時、ふと手にとった本の中に、元編集長の小山裕子さんのインタビューが載っていました。

「『ヴァンテーヌ』が訴えたかったのは、毎月、雑誌に掲載する服やバッグなどの商品情報ではなくて、それらの見方、選び方、自分に合った使いこなし方を上達しましょう、ということだったの。おしゃれは、知性も感性も総動員して”考えること”なんですよ、って。流行や常識やマニュアルにとらわれないで、色使いのことも素材のことも、最初から真剣に考えてみましょうよーーそして例えば、ベーシックなブラウンやグレー、ネイビーを土台としたスタイリングを丁寧に繰り返すことで、きっとおしゃれは上達できる。そう、”必ずできますよ”というメッセージだったの。」

「あえて、私たちと共通点の少ない外国人のモデルさんを起用したのも、コーディネートの展示のように見せたかったから。そのほうが、自分だったらどう着こなすかイメージしやすく、客観的に考えやすいのでは、と思ったからなの」 

これを読んだ時、本当に惜しい雑誌がなくなってしまったものだと、改めて思わずにはいられませんでした。
手元に残っているヴァンテーヌの切り抜きを見ると、確かにこのメッセージは至る所に繰り返しちりばめられていて、自分で考えるという内面的アプローチの重要性を訴えていました。


「創刊は1989年の秋。その頃おしゃれのメインストリートを歩いていたのは、ボディコンに身を包んだ女性達。でも編集部では、そんなボディコンファッションに違和感を覚えている女性もいっぱいいるはず、と考えていたの。賢くて努力家で、しっかり生きている。私は、そんな素晴らしい女性達が、ボディコン女性の隣に立った時に、負けないほど素敵でいてほしかった、”おしゃれ”という手段で。実は、こんな思いがあったのよ」

これは、「ボディコン」という単語を「流行」という単語に置き換えることで、今でも十分言えることなのではないかと思います。
流行の最先端のファッションで固めるというのは、実はとてもラクなのかもしれません。
誰かが作り出したものをそっくり着ればいいのですから。
だけどそれでは消費一辺倒のファッションになってしまう。
消費されるだけの人でいいの?と問われている気がしてなりません。


「20代、30代の女性って、とても忙しい。仕事だって思い通りにいかないことはあるだろうし、年齢的な迷いもたくさんある。けれどね、みんな何があっても前を向いて生きて行かなくてはならないの。だから、彼女たちが自分で自分を”うん、なかなか素敵よ”と客観的に評価できるようになれば、いろんなことに自信が持てるし、きっと変わっていける。そして、それは”おしゃれ”で可能なんだ、と知らせたかったの」

 ファッションとは生き方である、というのが私の持論です。
どういうふうに生きるかということとファッションは、切っても切り離せないものだと思います。
なりたい自分が、目指したい自分がいて、そこに辿り着くのに、おしゃれの力というものは少なからず作用するものだと思うのです。
そう思った時に、指針とできる雑誌が毎月発行されていたというのは、とても幸せなことだったのでしょう。
今はもう毎月読むことはかなわないけれど、ヴァンテーヌで教わったおしゃれの精神は廃れるものではありません。

つい流行やら雑多なものに紛れて見失いそうになる自分なりのベーシック。
年を重ねる程に重要になる着るということの意味を、ヴァンテーヌを思い出してもう一度じっくり考えてみたいと思いました。


引用文出典:大草直子著 大草直子の”考えるおしゃれ”

ヴァンテーヌについてはこちらの記事もどうぞ
 ヴァンテーヌに学ぶ「買っても買っても着る服がない」状態から脱出する方法


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